オープンステージに出たとき

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朝の11時くらいだっただろうか。EJC二日目の朝、オープンステージが行われる一番大きなホールに行く。他の出演希望者たちも集まって、総勢30人くらいのサークルができている。

オープンステージの統括であるポーラが話をしだす。
「まずは今日のオープンステージに出たい人から決めていきます」
早い者勝ちである。

もちろん他の日を希望しても出ることは十分できる。だがなぜそうしたのかは忘れたけれど、なんだか初日に出ようという気になったので、手を挙げてオープンステージの幕開けに参加することにした。

道具の重複がないか、他の出演者の演目とのバランスなども見ながら、自薦他薦を交えて、誰が出るか、そしておおまかな演順を決める。最終的な演順が出てきたのは、確か本番直前だった気がする。

本番前、控え室でオープンステージが始まるのを待つ。カーテンのほんの少しの隙間越しに客席(といっても練習用のホールに直に座るだけなのだが)の方を見てみる。
予想していたよりもはるかに多くの観客がいる。二階から見ている人もいる。みんな大声で話し合ったり、笑いあったりしながらショーが始まるのを待っている。

時間になって、PAが出す音(映画館でよく聞く、ドルビーサラウンドのあの音)とともにカーテンが上がると、前の方に座っていた人から一斉にステージ前に駆け寄ってくる。勢いも凄まじい。MCが軽快に観客を盛り上げ、会場の熱を上げ、順々に演技を紹介していく。

そしてついに出番が来る。名前を呼ばれて、音楽が流れ出して、ゆっくりと舞台上に上がっていく。

私は10年前にジャグリングを始めた。
「EJC」というものとの最初の出会いは、高校生の頃に買って観た、EJC2006のDVD映像だった。その時は、一堂に会する今まで見たことがないようなジャグラーたちの姿に、いつかこんなところに行けたらいいな、と空想するばかりであった。自分一人で海外に行くなんて思いもよらなかったのを思い出す。その時の私にとっては、EJCに行く、ということは井上真央と結婚する、というぐらいの実現不可能性を持って見えたものである。いや、本当に。

2015年のイタリアで開かれたEJCは私にとって3回目のEJCで、3回目のオープンステージであった。わざと、演技を始めてから技に集中するまでに間のある演技を選んでいた。だからその間にじっくりとホールの隅から隅を眺めた。1000人以上はいるんじゃないかという数の、ヒッピー風だったり上半身裸だったり頭に変なものをつけてる人だったり小さい子供であったり、容貌の異なる人たちの顔がこちらを向いているのを味わう。

高校生の頃の自分に、今のこの目の前に広がる光景を見せたらどんな思いを抱くのだろうなぁ、と思った。

10人ほどいた出演者全員が演技を終えて、大団円を迎えて、みんなで控え室に戻って、わいわい騒ぎながら、積んであるビールで乾杯をした。ビール瓶を、もう一本の瓶を使って次々豪快に開けていくポーラはとても楽しそうで、みんなで無事終わったことを喜びながら、冗談を言ってワハハ、とか言いながら、私は隣にいたドミニクとふざけたりしながら、じゃあ今度はみんなで食堂でディナーよ、というポーラについていって走っていたら、途中で勢い余ってサンダルの鼻緒を切ってしまった。

それは私がイタリアに来るのに唯一持ってきていた履きものであった。

仕方がないので、次の日私は、スーパーマーケットまで裸足で5ユーロのサンダルを買いに行った。

 

文=青木直哉 公開 2016/06/03